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2018年3月中旬に,杏林大学病院で骨髄を提供してきました。約半年経過したので,こちらでご報告いたします。と言うのも,自分の周りで「骨髄を提供してきました!」なんて人に会ったことないので,ぜひ皆さんにも聞いてもらいたくてキーボードをたたいています。

 

きっかけは,20歳の献血で骨髄ドナーの募集を見て,試しに登録したことが始まりでした。あの時から十数年,自分の骨髄を必要とするドナーが現れた手紙が届きました。

骨髄バンクからの資料によると,年間1万人以上の方が白血病にかかり,約1300人の方が骨髄バンクを通して移植を受けているそうです。また,年間2000人以上の人が移植を希望して骨髄バンクに登録し,そのうち移植に至るのは約6割だそうです。

骨髄バンクに登録したからといって,全ての患者に骨髄移植ができるとは限らないということです。それは,HLAという白血球の型があり,その組み合わせが数万通りあるからこそ,適合者が見つからないということが起こっています。血縁者の中でもHLAが一致するのは4分の1の確率で,日本では約30%だそうです。そのため,なかなか適合者が現れないということにつながっていると思います。

さて,ドナー候補者になってからの流れを説明していきます。

①ドナー候補者になったことの通知

②確認検査

③最終同意

④健康診断

⑤自己血輸血のための採血

⑥骨髄採取

⑦採取後診断

と,大まかにこのような流れとなっています。

 

①ドナー候補者になったことの通知

これを受け取ったのは,2017年の夏頃だったような・・・。実は,この通知を受け取ったのは今回で2回目でした。前回は,アメリカにいたため提供できずでした。

 

②確認検査

提供します,という返信を送ってから,コーディネーターの方から連絡があり,検査が必要とのことでした。場所は昭島市にある西東京徳洲会病院。コーディネーター,医師から説明があり,採血。どうやら同時に複数人にドナー候補者になったことの通知を送っているみたいだそうです。ただ,今回は,自分の年齢,体重が提供に適しているから,このまま行けば自分が選ばれるだろうとのこと。骨髄提供者は若ければ若いほどいいみたいですが,20代の方が提供するのはまれだそうです。本人が希望していても,ご家族の反対があると提供できないからが理由ですが,これは次で詳しくお話します。

 

③最終同意

確認検査を無事にクリアーし,自分が仮確定したというお知らせがコーディネーターさんから来ました。この段階では仮確定状態で,この最終同意面談で同意書にサインをして,確定になるのです。この最終同意面談には自分の家族を交えて話し合い,同意書に自分と家族のサインをしなければいけないのです。今回,交通費が出るということで,実家から両親に来てもらいました。場所は,前回と同じ西東京徳洲会病院。今回は,自分,両親,コーディネーター,医師,弁護士。第三者として弁護士が立ち合うことが決められているそうです。この最終同意面談で同意書にサインをしたら,何があっても撤回できないとのこと。なぜなら,この同意書が作成されたらすぐに患者さんが前処置に入り,移植へ向けて動きだしてしまうからです。この最終同意面談で,家族が反対すれば,いくら本人が希望してもドナーになることはできないのです。20代の提供者が少ない理由がここにあり,家族の反対で提供者になれないことがよくあるみたいです。それは,採集手術中に数例ですが死亡例があったり,採取後の後遺症があったりと,100%安全ではないからです。まだ若いからそんなことしてもし何かあったら・・・,と思う家族の気持ちはよくわかります。ところが,吉田家では,「お前が決めたなら好きにしろ」の一言で最終同意面談が終わり,自分も父親も印鑑を忘れ拇印で済ますと言う,まあ,なんともな雰囲気で終わり,新幹線に乗って帰っていきました。この最終同意面談,欧米では家族の同意はいらず,本人の意思のみでよく,また,直前になって撤回してもいいらしいということです。ここが日本との違いですね。今回の面談で,盆も正月も実家に帰らない自分は,いい親子の再会ができたので良かったと思ってます。

 

④健康診断

場所は変わって,ここからは採取手術を行う杏林大学病院に行きました。レントゲン,心電図,採血,採尿,肺活量などしっかり健康診断してもらいました。ここまでの健康診断は10年ぶりくらいです。いたって健康だということがわかったので,これで一安心。費用は骨髄バンク持ちになるので,一切自分が支払うことなく全身チェックをしてもらいました。あまりにありがたいので,今年度は骨髄バンクに寄付をしようと思いました。また,麻酔科医との打ち合わせも行いました。この時に,コーディネーターさんに「尿カテはやめてください」と必ず言ってくださいと言われました。この尿カテとは,尿道にカテーテルという管をいれて,手術後にトイレに行かなくてもいいように,また,手術中の尿量を管理するためということを言われました。この尿カテがあるとないでは,手術後の快適さが大きく変わってきます。これはまた後程。

 

⑤自己血輸血のための採血

骨髄採取による貧血を防止するために,自己血の採取を2回各400ml採血しました。2月に2回,2週間おきに行いました。献血するときと同じでしたので,とくに緊張もせず終わりました。この血を手術中に自分に戻すそうで,体重1kgあたり15mlの骨髄を採取するので,65kgの自分からは975mlの骨髄を採取する予定になります。

 

⑥骨髄採取

火曜日の午前に採取手術,月曜日からの3泊4日の入院生活が始まりました。月曜日の午前,杏林大学病院で入院の手続きをコーディネーターさんと行い病棟へ。支度金ということで5000円をいただきました。4人の大部屋での入院生活。自分以外は患者さんという状況です。自分が入院する病棟は化学療法を行っている病棟で,みなさん抗がん剤治療を行っていたりでした。月曜日の夜から絶食になり,何も食べれず飲めずの夜を過ごしました。火曜日の朝,先生が左腕に点滴のルートを取りに来てくれ,その後看護師さんと手術室へ徒歩で向かいました。正直に言います。めちゃめちゃ不安で緊張してました。看護師さん2人に挟まれ,2階の手術室まで行くのに,全身麻酔怖い,事故あったらどうしよう,などネガティブな事ばかり考えてました。ところが,手術室の前の大きな自動扉の前に立ち,インターホンで看護師さんが中の人と連絡とって開けてもらった瞬間に,不安は一気に吹き飛びました。自動ドアが開いたとき,中の光景が目に入ると,そこにはドラマとかでよくある緊張した雰囲気ではなく,「○○さん,5番ねー」みたいな感じで気さくに呼ばれ,気さくに手術を受けに行く光景があり,今まで緊張していた自分はどこへ行ったのかと言わんばかりに拍子抜けし,「吉田さーん,一番奥ね!」と呼ばれ,「あれ?なんだこの軽いノリは・・・。」と思って歩いていると,「吉田さん,ここね」と案内され,ベッドに寝かされ,気付いたら病室に戻ってました。9時に病室を出て,気が付いたのは13時頃だったので,しっかり4時間麻酔で眠ってました。ほんとに一瞬で寝てしまう全身麻酔,すごい。さて,寝ている間に何があったのか詳しくはわかりませんが,ドナーのためのハンドブックによると,以下のようだったみたいです。

【採取の方法 手術室でうつ伏せになった状態で骨髄穿刺針(ボールペンの芯くらいの太さ)を皮膚の上から刺して,1回に数ml程度の骨髄液を注射器で吸引します。皮膚を少し切開して,穿刺針を刺しやすくする場合もあります。皮膚の穴の数は,骨盤の背中側に左右それぞれ1~3カ所,合計で2~6カ所位となります。同じ皮膚の穴から何回も骨盤に刺し直すので,骨盤そのものには数十カ所~百カ所程度針を刺すことになりますが,骨に刺した針穴は自然にふさがります。(ドナーのためのハンドブックより)】

だそうで,百カ所位刺されたらしいです。目が覚めた後の痛みも,我慢できないほどではなく,おとなしくベッドでゴロゴロしてました。トイレは尿カテがないので,歩いてトイレまで行き,自分でできました。尿カテがもしあれば,次の日までベッドから出ることができなかったそうです。また,この日も絶食で,点滴で栄養を入れられる1日を過ごさなくてはいけませんでした。ただ,点滴で栄養入れられてるのでお腹はすかなかったです。食べなくても,点滴されてるとお腹すかないのは初体験でした。そして,3泊4日の入院が終わり,体調にはなにも悪いところなく退院。杏林大学病院にはスターバックスやローソンがあり,入院中には1日何度もお世話になりました。

 

⑦採取後診断

退院後,健康状態を確かめるために,術後検診があります。自分は,4月上旬に行ってきました。これがドナーとして最後の杏林大学病院になります。いつも通り,採血と採尿をしてから診断してもらいました。とくになにもなく健康だということで,これでドナー終了となりました。

 

ドナー候補者になったことの通知を受けてから,約半年以上かかって,なんとか自分の骨髄を提供でき,無事に戻ってきました。ここから先は,患者さんが一番大変で,骨髄提供を受けたからと言ってこれで終わりではなく,この先も拒絶反応を抑える薬を飲みながら生活していかなければならなく,また,細胞が根付くまでに相当の痛みがあるそうです。さらに,移植1年後の生存率は約65%,移植5年後の生存率は約50%と,移植後も通常の生活を送るまで長い道のりがあります。これからの患者さんの回復を祈るばかりです。

骨髄移植の問題として他には,移植を希望してもドナーが見つからない,見つかってもドナー側の理由で断られる,などの問題があります。しかし,この骨髄ドナーは完全にボランティアで,お金は一切いただきません。入院や検査を含め,のべ1週間以上仕事を休まなければならず,経済的理由からドナーをお断りする人もいるそうです。そこで,各自治体から「骨髄移植ドナー支援事業助成制度」が受けられるようになっています。ただし,この制度を導入している自治体がないところもあり,吉田塾昭島教室がる昭島市では,平成30年4月1日からこの制度が開始され,それまでは完全ボランティアででした。この制度は1日2万円,通算7日までを上限として支給する制度で,最大14万円もらえることになります。この制度があれば,経済的理由で断るということが少なくなるのではないかと思います。昭島市のHPには「公益財団法人日本骨髄バンク事業において平成30年4月1日以降に骨髄、末しょう血幹細胞の提供が完了し」とありました。今回の自分のケースは平成30年3月に骨髄提供になるので,どうやら支給されないそうです。

その後,患者さんから手紙が届きました。1年以内に2回まで匿名で手紙のやり取りができるというルールだそうです。実は,いただいた手紙の返事をまだ返していません。何を書いて送ればいいのか全く思い浮かばず,その時が来たら一気に書き上げて送ろうと思っています。手紙には元気になりましたと書いてありましたが,これからまだまだ治療が続くと考えると,なかなか筆を執る気にはなれないのがほんとの原因なんです。また,厚生労働大臣から感謝状が贈られてきました。生まれて初めての感謝状なので,テンション上がって職場に飾っています。残念なことに生徒には骨髄提供の意味がよくわからない子が多く,若い世代への教育の必要性を実感しました。

骨髄提供から1年たつと,また登録できるそうで,一生のうちに,2回まで骨髄バンクを通して提供できるそうです。次もやるのかと聞かれたら,家族の反対があるとは思いますが,次もやると必ず答えます。理由は単純で,自分の健康骨髄が必ず今回の患者さんを長生きさせてると思うと,もう一人と欲が出てきてしまうからです。

 

厚生労働大臣からの感謝状

 

ドナーになるともらえるハンドブック

 

患者さんからの手紙